• 風土と人が生み出す色を求めて。 「染めどころ ゆう」山本有子さんが染める能勢の色。

  • Text : Kaori Ishida / Photograph : Yuta Takamatsu

教職から一転、奥深い草木染めの世界を探究し、国内外を旅しながら能勢の地にたどり着いた染色家の山本有子さん。日本の原風景が残る長谷地区に暮らして14年。広々とした棚田を一望する工房に居を構え、植物を育て、集めて、この土地でしか染め出すことのできない色、そして自分にしか生み出せない色を求めて作品を創り続ける、山本さんの仕事場を訪ねました。

風になびく山本さんの染めたストール。遠景に見えるのは有名な「長谷の棚田」

棚田を一望する古民家が、ゆうさんの工房。

能勢電鉄山下駅から車で走ること15分。山道を抜けると、広々とした棚田が目の前に広がります。「日本の棚田百選」にも選ばれた棚田の風景で知られる能勢町の長谷地区。美しい棚田を背に急坂を登り、一番奥に建つ古民家へ。『染めどころ ゆう』と書かれた可愛らしい看板が目印です。
急坂を上りきった先に現れる、黒漆喰と赤ベンガラで塗られた玄関。可愛らしい看板が掛かっている
「ここの坂道すごいやろ、車で登れた?」
ニコニコしながら出迎えてくれたのは染色家の山本有子さん。
能勢の人たちや染め教室の生徒さんから、親しみを込めて「ゆうさん」と呼ばれています。

ここは、ゆうさんのご自宅兼工房。土間から座敷に上がらせていただくと、衣紋掛けに色とりどりに染められた布が掛けられ、思わず目を奪われます。「これは桜、これは茜、ああ、これは藍やね。きれいでしょう」と、ひとつひとつ説明してくれるゆうさん。そのやさしいまなざしは、まるでわが子を紹介するようです。

いつか、自分の工房を持って染めをやりたい。

ゆうさんが能勢にやってきたのは、今から14年前のこと。「30歳くらいからね、趣味で染めを始めたんです。教師をしていたんだけど、退職したら工房を持って自分で草木染めをやりたいなというのがずっとあってね、1年早く退職したの」。

豊中の自宅から通える手頃な場所を探していたところ、偶然この古民家と出会います。「お友だちのお友だちが借りてて、たまたま3月に空くことがわかってね。退職が3月31日だったから、ちょうどよかった。いいとこでしょ。向かい側から棚田を見るのは、ここがいちばんいい。あの坂はしんどいけどね(笑)」。 若いころから着物が好きだったゆうさんは、「自分の着物を自分で染められたらいいな」という気持ちがあったそうです。
「仕事をしながら土日に染めの教室に通ったり、出張の帰りにあちこちで染めを学んだり、子供がまだ小さいのにお姑さんにあずけて草木染めや友禅染を習いに京都まで通ったりね、ずいぶん投資しましたね(笑)」

風土と人々の営みから生まれる草木染めを、能勢の地で。

それぞれの土地の“風土と人”が染め出す色をもっと見みてみたいと、ゆうさんは国内外の染めの現場を訪ねます。「徳島では藍の蒅(すくも)作りを見学させてもらったり、愛知では有松絞りを始めた呉服屋さんを訪ねたりね、普通の観光では見られないようなところにも行きました」。海外へは旅行会社企画の『藍の旅』に参加。ミャンマー、台湾、カンボジアなど、アジアの国々にも足を運んだそうです。

「かまどでご飯を炊いている傍らで女性たちが布を織って、その土地にある草木で布を染めているの。ミャンマーでは水上生活をしながら、蓮の茎の繊維を糸にして撚りにかけて織る民族もあってびっくり」。それぞれの土地で独自の染め文化が営まれていることを肌で感じ取り、「私はここで自分のできる染めをしよう」と心を固めたといいます。
ミャンマーのインレー湖畔で絞りの師匠と記念写真。インレー湖周辺では伝統的に蓮糸での織物、蓮の葉での染色が盛んだという。(写真提供:山本さん)
衣食住すべてが能勢の自然と一体化しているかのように美しく均整のとれた、ゆうさんの暮らし。

染め教室の生徒さんと一緒に、藍を育てる。

作品づくりのかたわら、月の半分は染め教室を開くゆうさん。染めに興味のある若い人から、小さい子を連れたお母さん、「やっと自分の時間ができました」という定年退職した人まで、じつにさまざまな人が通っているそうです。

「染めは誰でもできるのがいいの。支援学校の子もできるしね。小学校では総合学習でゴーヤを種から育てて、葉と茎を使って染めて運動会のTシャツやバンダナにして踊る、ということもしました。そして、種を下の学年に渡してく・・・“種から種へ”という循環を大切にしたい、という思いはつねに私の中にあります」。

そんな思いもあって、工房から歩いてすぐの畑では、染めの材料になる藍を育てています。
「昨年くらいから若い子たちがね、藍の種まきしたい、定植したい、藍刈りもしたい、というんですよ。じゃあみんなで育てようかとなったんだけど、このコロナでしょ。みんなで集まって農作業をすることが難しい。そしたら、来られる人が来られるときに来て、いろいろ手伝ってくれるの。今日も朝の6時から豊中から1人来てくれて、1時間ほど草取りしていってくれました。みんなで補いながら育てています」。
染め教室の生徒さんと一緒に育てている藍畑に続く道。藍も鹿の食害被害を受けるらしく、電柵が張り巡らされていた。
藍は、7月から根から10㎝のところから刈り取ります。これが「一番葉」。それから1ヵ月くらいで成長した葉を「二番葉」として刈る。こうして刈り取った葉は乾燥させてストックしておくそうのだそうです。

「乾燥にもいろんな方法があるんだけど、私が好きなんは、葉っぱだけを取って乾燥させる方法。農業用の黒の網のシートが熱を吸収するから天日干しするのによくて、庭にそれを広げて、その上に藍の葉をだーっと並べて1日か2日干すの。雨が降ってきたら、シートごとくるくる巻いて避難(笑)。乾燥したら、ほうきで掃いて集める。いろいろ試したけど、これが一番ロスがなくて賢いの」。

空気に、水にふれて「青」が増していく。

この日、ゆうさんが藍の“生葉染め”をしてくださるというので見学させてもらいました。 取材にうかがったのは7月。畑で50cmほどに成長した「一番葉」を刈り取ります。葉を茎からはずし、水洗いして水と一緒にミキサーへ。「藍の成分が出てきて少しずつ抹茶色になるの。キレイな色でしょ」。
この“藍のジュース”を漉すと染料が完成。驚くほど簡単です。そこに、糊抜きをした白いシルクのスカーフを入れ、やさしく揉むようにして染料を生地に行き渡らせていきます。 「そろそろええかな」と、ゆうさんが取り出すと、そこには鮮やかなブルーに染まったスカーフが。 「わぁ、きれい!」 取材スタッフから思わず歓声が上がります。
「ここで、揺すって空気にふれさせて酸化させるの。空気中の酸素で酸化するんです」。
そして、今度は水洗いをして水で酸化。余分なものが流れて、さらに鮮やかな色へと変化していきます。あとは絞って干すだけです。

「今日は生葉の初染めだからね、これを夏中したら手が青くなるの」と朗らかに笑うゆうさんの手が、ほんのり藍色に染まっています。自然の力だけで、これほど美しい色が生まれるなんて・・・目の前で繰り広げられる藍染めの“ショー”に、すっかり魅了されてしまいました。

染めるたびに発見がある。ワクワクする。

「うちは藍染めもするけど、他の染めもするの。桜で染めるのも、栗も面白いし、木に生えるウメノキゴケはきれいな紫色に染まるのよ」。
紅花や茜、琉球藍(りゅうきゅうあい)やウォードと呼ばれる大青(たいせい)などの植物を育て、いつも新しい染めに挑戦しているといいます。
さらに、愛知県の有松絞りのひとつである手蜘蛛(てぐも)絞りをはじめ、さまざまな絞りの技法を習得。「藍を育てることも、絞りの伝統の技法も若い人たちに知ってほしい。染めを楽しみたい人に、私の知ってることを伝達したいの」。

若い頃から心惹かれ、各地でさまざまな技法を学び、能勢でいまもチャレンジを続けるゆうさん。そこまで惹かれる理由はどこにあるのでしょうか。

「染めるたびに発見があるの。それが一番ワクワクするし、続けられる源かな。しんどいことがあっても、きれいな色を見たら励まされるし、たとえば桜だったら赤い色が出て染めたらピンクになるとうれしいしね。やっぱり色が好きなんかな」。
絞り染めの大作。専門書を読んだり、ときには現地に足を運んだりして、伝統的技法の習得に挑戦し続けている。
ツツジやウメの古木などにへばり付き厄介者扱いされるウメノキゴケも、染料にすれば美しい紫色をつくりだす。
年季の入ったゴム手袋も藍色のグラデーションに染まっていた
染めを通じての出会いも魅力といいます。「ホームページを持たなくても、人づてでいろんな人がここに来てくれるの。そんなんで、いろんな世代の人とお話できるのもええことかなぁ」。

ゆたかな自然と人のやさしさが、能勢の魅力。

草木染めに魅せられて日本各地はもちろん、アジアの国々に足を運んできたゆうさん。いろいろな土地を見てきたなかで感じている、能勢の魅力について聞きました。 「能勢の良さは、なんといっても自然の豊かさ。季節ごとにいろんな彩りがあるし、染めの材料にも困らない。そして、みんなが話かけてくれる。『桜で染めるんやったら桜の木あるで』と持ってきてくれたり、いろんなことを教えてくれたりね。みんな、やさしいのよ」

ちなみに、ゆうさんの目標は個展を10回ひらくこと。これまで8回を重ねてきたので、「あと2回がノルマ」と笑います。「ノルマがあったらがんばれるでしょ。自分の作品も創りたいんだけど、教室してると準備で忙しくてね。でも、教えることが私の勉強になったりする。ちゃんと伝えたいから、どうやったら分かってもらえるか考えるからね。元気な間はがんばります(笑)」。
世代を超えて、誰もが魅了される草木染め。鮮やかな色に感動したり、驚いたり、自然の力や季節の彩りを感じたり。一瞬で色が変わるのは、まるで魔法のよう。

「そう、私、魔法使いなの」と、ほほえむゆうさん。能勢の風土と自然を背景に、ゆうさんの手からどんな色が生まれていくのか、これからも楽しみです。

風土と人が生み出す色を求めて。 「染めどころ ゆう」山本有子さんが染める能勢の色。ページの先頭に戻る