• 三草山の恵みが育む“命”を盆栽に注ぐ、 「三浦培樹園」三浦裕貴さん。

  • Text : Kaori Ishida / Photograph : Yuta Takamatsu

田畑が広がる上杉地区のなだらかな丘陵に、関西を代表する老舗の盆栽専門店『三浦培樹園』はあります。日本の厳しい自然や四季折々の風景を映し出す日本独自の文化でありながら、いまや一つのアートとして、世界中の人々から注目を集めている盆栽。生まれ育った能勢から、盆栽の魅力や楽しさを日本各地に、そして世界に広く伝えたい。そんな想いを胸に、文字通り東奔西走する二代目園主の三浦裕貴さんにお話を伺いました。

関西を代表する老舗「三浦培樹園」はゼフィルスと呼ばれるミドリシジミ類のチョウが生息する三草山の麓にある

能勢の気候や風土、豊かな農地を生かしたい。

道の駅 能勢「くりの郷」のほど近く、田畑に包まれた丘陵地帯の一角にある『三浦培樹園』。自然に恵まれた園内には、黒松などの“松柏盆栽”をはじめ、もみじ、姫りんご、桜などの可愛らしい“雑木盆栽”など、実にさまざまな盆栽がにぎやかに並んでいます。
さまざまな盆栽がにぎやかに並ぶ園内
「盆栽って大きいイメージがあるでしょう。でも最近は “小品盆栽”という高さ20㎝前後のものが流行っているんです。マンションやアパートなど、狭いところでも楽しめますから」。そう話す三浦裕貴さんは、三浦培樹園の二代目園主。盆栽専門店として盆栽や道具、盆栽鉢の販売、さらには盆栽教室やセミナーの開催など、盆栽文化の普及活動にも力を注いでいます。コロナ禍に入ってからはネットショップから購入してくださるお客さまも増えているそうです。

三浦さんのお父様である一代目が上杉地区で盆栽の専門店を始めたのは、今から50年前のこと。能勢の気候や風土、豊かな農地を活かしたいと東京で盆栽を学び、能勢で創業したのだそうです。小さい頃から一回も手伝ったことがない、という三浦さんでしたが、「うちは商売をしているし田んぼもある。先祖から代々守られてきた土地もある」と、自ら家業を継ぐことを決意。大学卒業後、神奈川県の『やまと園』広瀬幸男氏の元で3年半修行した後、能勢に戻り園主となりました。
盆栽文化の普及活動に力を注ぐ三浦裕貴さんは、三浦培樹園の二代目。

盆栽は生きもの。水がいいから、いきいきと育つ。

いい植物を育てるには、いい水が欠かせません。「ここは三草山から水が流れてくるので、それを引いて、貯めて、水やりに使っています。うちは、水も能勢産です」と笑う三浦さん。都会で植物を育てると木の幹に白いものが付着することがありますが、それはカルキの仕業。楓などはカルキで葉の先が丸まってしまうのだとか。「水道水は水瓶に入れて蒸発させてから水やりしてください。盆栽も金魚のような生きものと一緒です」。
能勢町の生物多様性の宝庫・三草山から流れてくる水を貯水して水やりに使用。カルキのない天然の水が盆栽には良いという。
野間の大ケヤキを見ても分かるように、能勢はケヤキが大きく育つ風土なのだそうです。「逆に能勢に合わない樹もあるんですよ。能勢の山には赤松や杉、檜など、さまざまな樹が生えていますが、五葉松はない。だから、盆栽にしてもうまく育ちません」。山間の気候、朝晩の気温、そして水。能勢の風土がいかに盆栽に適しているかがわかります。

盆栽というと山から取ってくるイメージがありますが、それはもう昔の話。「山の樹は自然なんですけど、特徴が出過ぎていて自分らの理想を求めても変えられない。だから、オークションや同業者から仕入れたり、うちではそれに加えて農家さんにお願いして作ってもらっています。それを盆栽に仕立ててお客様に買ってもらったり、素材のまま提供してお客様と一緒に育てたりしています」。
三浦培樹園に近接する畑では、野菜を栽培するように盆栽用の苗木が育てられていた。

年数を重ね、理想の姿にデザインする。

ところで、盆栽と鉢植えの違いはどこにあるのでしょう。「たとえば、ケヤキを鉢に植えたとします。ああ芽が出てきた、葉が繁ってきた、伸びてきた、紅葉やな、秋やな、きれいやな・・・と、ケヤキの見どころを見て楽しむのが鉢植えです」。

「一方、盆栽というのは、かっこよく、スタイリッシュに、樹の姿を重視しながら作っていく。そうして、年数を重ねて形のいい理想の姿にしていく。そこが大きく違います。毎年同じ手入れを何十年も繰り返さないといけませんし、水やりもしっかりしないと育たない」。盆栽と鉢植えの違いは、気持ちの違いでもあると三浦さんはいいます。盆栽を育てるには気が抜けません。

これが今一番人気なんです、と三浦さんが見せてくださったのは真柏(しんぱく)というヒノキ科の一種。幹の一部が白骨化し、大きくねじれ、どこか荘厳な雰囲気を漂わせています。「真柏は人が入れないような山深いところで自生していて、台風や雷に当たって幹が折れて石灰の濃霧がついて白骨化するんです。つまり、この姿は自然の縮図。白い部分は“神(ジン)”と呼ばれ、厳しい自然の中で育つ様子をイメージしてデザインしています」。
松柏(しょうはく)盆栽では、枯れた枝を「神(ジン)」、枯れた幹を「舎利(シャリ)」と呼び、その造形美を楽しむ。
盆栽のルーツは中国。お盆の中に石や人形を置いて中国の景色を楽しむ「盆景(ぼんけい)」という遊びを遣唐使が持ち帰り、平たいお盆に穴を空けて植物を入れたのが始まり。
盆栽という小さな世界で「生と死」を見事に表現した真柏は、“神(ジン)=GOD”ということで海外でも人気があり、多くの外国人を魅了しているといいます。生きているものをデザインする。日本ならではの概念に海外の人々はおおいに魅せられ、アートの一つとして盆栽を高く評価しています。

ヨーロッパで価値が上がり続ける盆栽。

日本で盆栽ブームが巻き起こったのは、大阪万博の頃。日本経済に勢いもあり、盆栽がどんどん売れたそうです。「その頃に盆栽を楽しんでいた人たちが今70代、80代になっています。その間に生きてきた盆栽たちが今、価値のあるものになっているのですが、そこに注目しているのは日本人ではなく、じつは外国人なんです」。 いまや盆栽は世界各国に愛好家が広がり、4年に1回世界大会が開催されるほど。そうしたなかで欧州の盆栽文化をもっと盛り上げたいと、三浦さんは毎年2月にイタリア・ミラノに飛び、小品盆栽の講習会やデモンストレーションを行っています(2021年は中止)。ミラノの人たちの盆栽への情熱にふれることが、三浦さんにとっても良い刺激になっているそうです。
欧州での盆栽文化を盛り上げるために、三浦さんはイタリアで定期的に講習会やデモンストレーションを行っている。
「日本に盆栽という文化がある。盆栽ってなんぞや。年数をかけて、カタチにこだわって、しかも、それが生きている。外国の人には“キュン”とするような要素がたくさん詰まっているんです」。その結果、外国で盆栽ブームに火がつき、今は外国人の方が盆栽の価値を高めてくれているといいます。三浦さんの意外なお話に、日本人として胸の奥がチクッとなるような、やや残念な気持ちに・・・
今では日本より海外で盆栽の価値が正当に評価されている。

育てる楽しみも、人とつながる喜びも。

三浦培樹園では、上級者向けと初心者向けの盆栽教室を開いています。取材に訪れた第4日曜日は、ちょうど上級者さんの教室の日。トレーにいくつも盆栽を載せた生徒さんが続々と集まり、園内のあちらこちらで盆栽談義に花が咲いています。教室を見学させていただくと、いまだ現役の一代目をぐるりと取り囲み、剪定の鋏さばきにじっと見入る生徒さんたち・・・。「一人で楽しむのもいいのですが、教室は仲間ができるのがいいですよね」と三浦さん。
三浦培樹園では盆栽教室に力を入れている。
三浦さんは、梅田と神戸のNHK文化センターでも教室を持ち、各地でのセミナーも積極的に行っています。「盆栽を知らない方に知ってもらうのも、その人がどう成長していくのかを見るのも楽しい。教室は、そういうのが好きでやっていますね」。長年通っている生徒さんの中には著名な盆栽展で入賞する方も多いそうで、そのレベルの高さにも驚かされます。 三浦さんの楽しいお話にぐいぐい引き込まれ、俄然、盆栽への興味が湧いてきた取材チーム。三浦さんが思う盆栽の魅力を伺いました。「盆栽の魅力ってね、育てることにあると思うんです。ペットを飼うのと同じです。ペットって鳴いたり、お腹減ったというじゃないですか。盆栽は動かないけれど、植え替えをしてほしいときは葉の色が悪くなったりする。人間がその姿を見て判断して、手入れをしてあげる。知識のない人はなぜ枯れたかわからないから、僕が一つひとつ教えていくんです」。
実際に三浦さんにクチナシの剪定をしていただいた。「盆栽は引き算。鋏を入れて空間を作っていく」と三浦さん。剪定前と剪定後の違いは一目瞭然(下の写真)
自分の理想の形に育てる、美しい姿を眺める、展覧会に出品する、見るだけで癒やされる・・・人それぞれの楽しみ方ができるのも盆栽の魅力だと感じました。人生の楽しみの一つとして、趣味としてもいいと思うんですよね、と三浦さん。たくさんの人たちに盆栽を楽しむきっかけを届けたい。熱い想いが伝わってくるようです。

盆栽を育てることは、命と向き合うこと。

盆栽を育てることは、命を育てることなんです、と三浦さんはいいます。「今の時代、いろいろな事件があります。殺人、幼児虐待など、なんでそんなことになるんやと思いますよね。それは、小さい頃から命の大切さを分かってないからだと思うんです」。
昨年、能勢ささゆり学園のPTA会長を務めた三浦さん。小さい頃に命の大切さを感じてほしいと願っている。
「盆栽を見て楽しむには、きちんと育てないといけない。お水をあげる、肥料をあげる、ペットと一緒、盆栽も命なんです。また、盆栽を始めることによって愛着が湧いたり、枯れてしまったら悲しい感情が生まれたりします。そういうことを大切にする人がたくさんいたら、悲しい事件も減るんじゃないかと思いますよね」。 盆栽を育てることは、命と向き合うこと。改めて、命の大切さを私たちに教えてくれる盆栽に、あなたも、ぜひふれてみませんか。

「三浦培樹園」ホームページはこちら

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