• 世界を巡った転勤族が田んぼの真ん中に開いたフェアトレードショップ

  • Text : Kumiko Nagaya / Photograph : Yukinobu Okabe

能勢・地黄の古民家でフェアトレードのショップ「エスペーロ 能勢」を営む斎藤輝久さん、和子さん夫妻は、もともと世界をまたにかける「転勤族」。色んな国に住んできた経験のあるご夫妻が能勢にお店を開いた経緯を伺いました。

築100年の古民家を改装したエスペーロ 能勢の店内。重厚な梁、温かみのある漆喰の壁と土間の空間にカラフルな雑貨が所狭しと並ぶ

田んぼの真ん中から、途上国の人々を支援する

旧能勢街道から小径に入ると、「エスペーロ能勢」の目印である薪ストーブの煙突が見えます。大きな暖簾をくぐると、色とりどりの雑貨や、アートが描かれたギフトセットが並んでいます。これらはすべて、アフリカやアジアなど、途上国の工房で作られたフェアトレード商品です。

フェアトレードというのは「公平な貿易」のこと。発展途上国でつくられた作物や製品が安く買い叩かれるなか、適正な価格で継続的に取り引きすることによって、途上国の生産者を支える仕組みです。エスペーロでは、そういった商品を扱っています。

「ランチやカフェで忙しいですけど、フェアトレード商品が売れて、初めて現地の支援や女性に自立につながるので、本当はひとつひとつ、商品の説明をしたいんです」。そう言って、和子さんがテキパキとランチの準備をします。身につけているのはセネガル製の生地で作られた素敵なエプロンでした。

セネガルの生地でつくられたエプロンで、ランチの準備をする和子さん。地域の野菜を使ったこだわりのワンプレートランチは優しい味わいで人気

「テリーさん、これ、お持ちしてください」。トレイを受け取るのは「テリーさん」こと夫の輝久さんです。

「僕はたまにお手伝いするくらいです。箕面のお店を始める時もね、いいんじゃない?って感じでした」。どうやらエスペーロの舵をとっているのは、和子さんのようです。

制約の多いイスラム文化の中でも人生を楽しむ人たち

お店を開く前の斎藤夫妻は、輝久さんの仕事の関係で、クウェートやインドネシアなどイスラム文化圏を含めた異国で過ごされたそう。その頃の話に花が咲きます。

「その当時は、クウェートなんか行ったことがある人はなんか周りにいなかったですよ。だから、適当な話をしてもみんな信じるという……(笑)」

「クウェートといえば、砂漠のピクニックが楽しかったわね。砂漠にも、じつは可愛い花が咲いているんですよ。アヤメのような花も咲いていて」

バリで仕事していた頃の輝久さん(左から3人目)。航空会社に勤務していた(写真提供:斎藤夫妻)

「ある日、現地のパーティに招かれて行くと、会場が砂漠のど真ん中! ここのお店よりも、もっと大きなテントが会場でね。その中には、いくらするんだ?というくらい高そうな絨毯が敷かれていました」

「ラマダン月の日中は断食だけど、それが終わると大砲を合図に宴会が始まる。宗教は大切にしているけど、人生を楽しむ時には、みんな一緒なんですよ」

制約の多いイスラム文化の中でも人生を楽しむ現地の人たちの姿が、ご夫妻の楽しいお話を通じてみえてくるようです。

「あんなに珍しい国にいたのに、子育てに必死で……。今から思えば、もっと現地の人と交流もすればよかったと思います」。そう振り返る和子さんですが、クウェート大学で語学を学んだり、日本人のコミュニティで活動したり、子育てをしながら、自らの世界を広げておられました。

日本に帰国したあとは、子育て期を過ごされた箕面市での生活を再開しました。大学の図書館で仕事を始めた和子さんは、そこで、フェアトレードショップを始めるきっかけとなった1冊の本と出会います。

「このオリーブオイル、私が売りたい」

「ここに書かれているオリーブオイル、これを買いたくて日本で探しましたが、スーパーマーケットなどに売っていなくて。売っていたところがフェアトレードショップだったのです。それで、こんな店を自分でもやってみたいな、と思うようになりました。」

お店の本のコーナーから出してきてくださったのは、『パレスチナ / イスラエルの女たちは語るーオリーブがつくる平和へのオルタナティブ』。平和と自立への道をつくり出す女性たちのメッセージと活動報告の本です。 本に載っていたひとつのオリーブオイルをきっかけに、ご夫妻の新しい人生が始まったのでした。

和子さんがフェアトレードショップを開くきっかけとなった1冊の本。和子さんが紹介したかったオリーブオイルはエスペーロ能勢で購入できる

転勤族で長い海外暮らしを終え帰国して落ち着いたと思いきや、和子さんのアイデアで事業をスタート……。なんだか急展開のような気がしますが、輝久さんはニコニコ顔で言います。

「僕は、引退後はゆっくりしてもいいと思っていたんだけど、なにしろ海外勤務が長く、そのあいだずっと家族についてきてもらっていた。僕の稼ぎの半分は貴女のものだから、自由にして下さいとずっと言ってきましたから」

2010年には、2人が住む箕面市のマンションの近くに小さなフェアトレードのお店「フェアトレード雑貨エスペーロ」を出店することになります。輝久さんは、NPO法人や市民活動に取り組んでおられましたが、ショップ開業に向けてお店づくりに乗り出します。

知り合いの建築家に設計をお願いして、DIYもしながら小さなお店が完成しました。オープンするとすぐに、小さなお店はすぐお客さんでいっぱいになり、たくさんの友だちが立ち寄る人気のショップに育ちました。

大阪の田舎と、世界の田舎を繋ぐ

しかし、順調だったお店をオープンから5年後の2015年に「移転」することにしました。新天地は、能勢町の東郷地域。お店の名前も「fairtrade shop&cafe エスペーロ能勢」と改めました。

「お店の移転を決めたのは、東日本大震災だったんです。都市での暮らしの限界を田舎には広げる可能性がある。それが、自分の中で明確になりました」と話す和子さんには、「これから田舎の時代が来る」という確信があったそうです。それはきっと、異国の地で生きる人たちの姿を見てきたことと無関係ではないでしょう。

ご夫婦が「箕面から一番近い田舎」を求めて、インターネットで探していた時に見つけたのが、『NPO法人大きな樹』の空家活用事業でした。

「問い合わせて最初に紹介してもらったのがここなんです」と和子さん。築100年の立派な古民家でしたが、20年間使われておらず、さぁ大変。

築100年の古民家をリノベーション。古さと新しさ、日本と世界が共存する空間になった

「綺麗になる想像がつかなかったけど、紆余曲折を経て、完成しました」と、輝久さんが振り返ります。2016年から1年かけてコツコツと再生工事を行なったそうです。さぞかしご苦労されたことでしょう、と思いきや、意外にも「とても楽しかった」という感想。

ホームページの日記にはこうあります。

「築100年の古民家が再生していく過程はとてもとても楽しい道のりでした。そして今、この家を残せたことを心から嬉しく思っています。太い梁の1本1本に昔の人たちの知恵と力を感じます」

ただ、古民家を再生してショップにするだけではなく、土間の中心には螺旋階段を設置し、2階の小屋裏には「屋根裏シアター」までつくりました。 屋根裏シアターでは斎藤夫妻が選んだテーマ性に富んだ映画を上映しています。上映回数も現在では30回を超え、上映後に夫妻とおしゃべりするのが楽しみなリピーターも増えています。

ーーかくして、エスペーロ能勢は2017年にオープンし、フェアトレード商品や映画を通して、「大阪の田舎」と「アジア・アフリカの田舎」を繋ぐ拠点となったのです。

屋根裏シアターで上映した作品のチラシ

再生した古民家を、いつか次世代に

箕面の自宅から能勢に通い、草花の手入れや薪の用意、ランチの準備をしながら、次の「屋根裏シアター」の企画を考えるという忙しい毎日を送っている和子さん。世界ではなく、能勢の未来へも眼差しを向けています。

「今は、フェアトレードのお店としてやっていますが、私たちもずっと続けていけるわけでない。いつか、この家を次の世代に繋げて、活かしていって欲しいと願っています」

引き継いだ古民家を手塩にかけて再生し、また次世代へと引き継ぐ。つまり、世界各国を旅してきた転勤族であるご夫妻が、この家の「新しい先祖」になる、ということです。

でも、昨年はコーヒーの産地であるフィリピンの農園を訪れたというご夫妻。人との繋がり、そして今の仕事を楽しむ姿を見ていると「エスペーロ能勢」を誰かに託す日がやってくるのは、まだまだ先のような気がします。

エスペーロランチは能勢でとれた野菜を中心にした人気の無国籍の家庭料理
店舗情報

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