能勢東郷に数ある飲食店の中でも「隠れ家的名店」として知られる「遊留里(ゆるり)」。ネットでもほとんど情報がつかめないこのお店ですが、そこには板さんがこだわりぬいてつくった絶品料理と、母子が二人三脚で歩んできた厳しい料理道の到達点がありました。
お店に入ると、広いリビングの1室にお客さんたちが集まり、ランチがスタート。 「いただきます」と同時に、遊留里の女将・辻真理子(つじ・まりこ)さんが登場し、各テーブルを回りながら、先附(さきづけ)の内容を詳しく、丁寧に説明してくれます。
「この2つの栗の甘露煮、剥き栗は『銀寄』、渋皮煮は『弁慶』という品種で、大きいものでは60gにもなる大きな栗です。どちらもうちで育てた無農薬のものなんですよ」。 ホクホクの銀寄とは少し違い、弁慶はややねっとりとした新しい食感。小さな小鉢ながら、2種類の栗が堪能できる贅沢な秋の1皿。
この他にもこだわりの詰まった「芸のある小鉢」が7品並んでいます。 たとえば冬瓜は、日本一の品質を誇るという愛知県豊橋市のもの、もずくはシャキシャキの歯ごたえが特徴的な沖縄産、と、自家産のもの以外は、「板さん」が中央市場などで仕入れてきた最上級のものを使われているそうです。
食材はもちろんのこと、水にもこだわりがあります。冷えた水を飲んでも、水道水では味わえない、なんともいえない滋味があります。高級ミネラルウォーター? 「ここの裏にある『かなやま』から引いた湧き水なんです。小鉢のプルーンも、この湧き水で戻してますよ」。 かなやまは、「金山」と書くのでしょうか。近隣の5件で引いているその湧き水は、山の鉱物を含み、鉄分やミネラルが豊富。あらゆる料理に、山の恵みである「かなやまの自然水」を使うことで、健康機能性がいっそう高まる、というわけです。
「うちのお客さんは女性が多いですから、鉄分なんかの栄養も豊富で、できるだけいい食材や健康にいいものを、美味しく、栄養価を損なわずに召し上がっていただけるよう、板さんが考えてくれているんです。お出しするお米も、自家製の無農薬きぬひかり。いつも来てくれるお客さんの中には96歳の方もいらっしゃって、本当にお元気ですよ」。
そんな話を聞いていたお客さんが「白いお肌でねぇ」「ほんと、綺麗よね」と、相槌を打ちます。 「あれ? みなさん、お知り合いなんですか?」との疑問が浮かびながらも、まずは、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちます。
食事が終わると、真理子さんが挨拶がてら、再び席を回ります。 すると、「じゃあ、来月は、この日。まだ、空いてますか?」と聞くお客さん。なにかと思うと、その日のうちに、来月の予約がもう入っているのです!
「ありがたいことに、毎月、半分くらいが予約で埋まるんです。お出しする料理は月によって変わりますから、毎月1度、あるいは、こちらの方のように、月2回通ってくださるお客様もおられますね」。
「食べ歩いてばっかりと思われるやーん」と照れるお客さんに、笑うみなさん。ここの常連さんたちは、お互いが顔見知りというわけです。また、予約したくなるお店。だから、「いつも予約でいっぱい」なのです。
先ほどの先附で使われていた冬瓜の名産地・愛知県豊橋市が真理子さんの故郷。能勢出身のご主人・信一(しんいち)さんとは北海道旅行の際に出会い、2年間の文通をへて、結婚しました。2人のあいだに生まれたのが「遊留里の板さん」こと、次男の洋平(ようへい)さんです。 「こっちに来た時は、池田市の石橋で音楽教室を開いていたんですけど、そのときにも、自宅に生徒さんを招いて、お料理をつくっていたんです。もともとお料理が好きなもんですから。それからずっとお客さんの方もいますね」。 そんな母の姿を見ていたからなのか、洋平さんも、小学生の物心ついたときから料理をつくるのが好きだったそうです。
ーー真理子さんにとって、忘れられない思い出があります。
「小学2年生の頃だったかな。失敗したピザ生地を、洋平が『お母さん、貸して』って言うもんで、渡したら、こね直してちゃんとしたピザにしたんですよ」。
それから4年後、洋平さんは、小学校の卒業文集に「能勢に料理のお店を出したい」と書いたそうです。
「洋平は、生まれた頃も体が弱くて、運動会なんかでも他の子はすぐにバーっと出て行くのにね、洋平は、なんだか遅いの。私、ずっと、心配で、心配で(笑) だけどね、洋平が料理を仕事にしようって言うなら、私は、全力で応援しようって決めました」。
母子の料理修行が本格的に始まったのは、洋平さんが高校生に上がった頃。
高校が終わると、月曜〜土曜は、北新地の有名料理店「かが万」で修行をし、夜の12時に帰宅、という生活が続きました。ここは、真理子さんが料理教室に通い続けたお店。家に帰ると、母子で「復習」もしました。その後、日曜には、母子で元宝塚ホテルのコックだった三輪青丹氏のところへケーキを教わりに2年間通い、製菓の技術も学んだそうです。 母子二人三脚で積んだ修行の成果がみのり、2005年9月5日に「遊留里」をオープン。かくして、「能勢に料理店を出す」という母子の夢は叶ったのでした。
苦労して実現した母子の夢。「このお店を守ろうと思るためには、努力を惜しまない」と腹をくくった真理子さん。日々、ランチに訪れるお客さんに渾身の料理を振る舞うほか、大口のお客さんとして、地元のお寺への営業も怠りませんでした。 現在は、17ヶ所のお寺との付き合いがあり、法事や結婚式、退山式などの行事関係にも使われているそうですが、ここまでの道のりはそう簡単なものではありませんでした。
「お寺さんは舌が肥えてらっしゃるから、日々、持てる限りの力を尽くすんです。そうでないと、この仕事はやっていけない」。 洋平さんが最高の食材を全力でその日に調理し、暖かいまま、提供する。そして、真理子さんが懇切丁寧に料理を説明し、接待をする。ランチでも見られた母子の地道な努力が認められたようです。
遊留里の武器は、信一さんの実家である築300年の庄屋づくりの家。ここ東郷でも貴重な古民家を、少し改装して「禅」と名付け、先ほどのお寺関係の食事会はもちろん、俳句の句会などにも使っています。
「日本の建築物ってよくできているのよ。間仕切りを取ると、ひとつの部屋になってね。ここなら、40人以上のお客様も案内できます」。 積年の煤で鈍く光る梁や柱とは対照的に、大きなガラス戸からは石庭の美しいパノラマが広がっています。
「ここがあれば、もっともっと、大きな仕事が受けられる」と、熱が入る真理子さん。
洗い場と送迎、自社農園の管理をする信一さんも加わり、これからは家族3人4脚でまた新しい料理道を歩みだしたところです。